大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成11年(行ウ)27号 判決 2000年12月08日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が各原告らに対してそれぞれ別紙経過一覧表記載の非開示決定日付でなした各公文書非開示決定処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、高槻市の職員である原告らが、高槻市個人情報保護条例(昭和61年10月3日条例第41号、以下「本件条例」という。)13条1項に基づき、被告に対し、自己に係る<1>勤務評定報告書、<2>勤務評定整理票、<3>勤務成績計算結果リスト、<4>勤務成績報告書(ただし、原告K、同L及び同Mの3名については、右<3>及び<4>のみ。)の開示を請求した(以下、原告らが開示を求めたこれらの文書を総称して「本件文書」という。)ところ、被告が、本件条例13条2項2号及び3号に定める非開示事由に該当することを理由として、本件文書を開示しない旨の各決定(以下、まとめて「本件非開示決定」という。)をしたため、原告らが、これを不服として本件非開示決定の取消を求めている事案である。

一  本件条例の定め

1  本件条例13条1項は、何人も、実施機関に対して、公文書に記録されている自己に係る個人情報(以下「自己情報」という。)の開示を請求することができる旨規定している。

2  しかし、同条2項は、実施機関は、同項各号のいずれかに該当する自己情報については、開示しないことができる旨規定し、同項2号及び3号は、次の(一)及び(二)記載のとおり非開示事由を定めている。

(一) 2号

個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの

(二) 3号

開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの

3  本件文書の記載内容は、本件条例13条1項にいう自己情報であり、かつ同条2項2号にいう個人の評価に関する情報にあたる(争いのない事実)。

二  前提となる事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認定しうる事実)

1  当事者

(一) 原告らは、高槻市の職員である。

(二) 被告は、高槻市の市長であり、本件条例に基づく公文書の開示の実施機関である。

2  勤務評定制度の概要

(一) 高槻市においては、平成5年8月4日、「職員の職務について勤務成績の評定を統一的に行い、その評定結果に応じた措置を講じることにより、職員の勤務能率の発揮及び増進を図り、もって公正な人事行政を行うこと」を目的として、高槻市職員勤務評定実施要綱(以下「実施要綱」という。)が制定され、同年11月26日、実施要綱11条に基づき、勤務評定の手続及び方法を定めるものとして、勤務評定実施要領(別名「勤務評定マニュアル」。以下「実施要領」という。)が制定された。そして、同年12月1日を基準日とする定期評定から、実施要領による勤務評定が実施されるに至った。

(二) 実施要綱13条によれば、勤務評定の結果の活用方法として、昇級、昇任、指導、研修、職務割当の変更・配置換え及び勤勉手当の成績率の決定等があげられているが、当初は昇任、指導、配置換え等にとどまっていた。

ところが、被告は、平成8年12月9日、高槻市役所労働組合に対し、勤務評定結果の勤勉手当への反映について協力要請を行い、平成9年12月期の勤勉手当から、勤務評定結果への同手当への反映を実施するに至った。

〔中略〕

3  本件非開示処分に至る経緯

(一) 原告らは、被告に対し、それぞれ別紙経過一覧表記載の開示請求日に、本件条例13条1項の規定に基づき、本件文書の開示を求めた。

(二) 被告は、本件文書には原告らの勤務評定結果が記載されており、これを開示することは評定者の公正な評価を阻害するとともに、開示することにより公正な人事管理制度の目的の達成を妨げられるおそれがあることを理由として、本件条例13条2項2号所定の「個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの」及び同項3号所定の「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」に該当するとして、別紙経過一覧表記載の各非開示決定日に、原告らに対し、本件非開示決定をし、これを通知した。

(三) 原告らは、本件非開示決定を不服として、それぞれ別紙経過一覧表記載の各異議申立日に、行政不服審査法に基づき、被告に対し異議申立をした。

(四)被告は、平成10年4月15日、本件条例21条に基づき、高槻市個人情報保護条例審査会(以下「審査会」という。)に対し諮問を行い、同年11月13日、審査会から本件文書を開示すべき旨を結論とする答申を得たが、同年12月25日、原告らの右各異議申立を棄却する旨の決定をした。

三  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は、本件文書に本件条例13条2項2、3号所定の非開示事由があるかどうかである。

1  被告の主張

本件文書は、次に述べる諸点からすれば、本件条例13条2項2号の「個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの」及び同項3号の「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」に該当するから、被告はこれを非開示とすることができる。

(一) 開示により予想される弊害

(1) 本件文書は、個人の評価、診断、判定等に関する情報であり、被評定者本人(以下「本人」という。)に開示することによって、評定者が公正な評価をなしえなくなるおそれがある。すなわち、本件文書を開示すれば、評定者がその心理的影響等から被評定者に課すこととなっている達成目標を意識的に低く定めたり、マイナス面についてありのままの記載をしなくなったり、下位への評価を避けるなど評定者が公正な評価を行わなくなることが十分考えられる。

(2) 本件文書の開示により評定者が公正な評価を行わなくなれば、本件文書の内容が形骸化し、人事管理を行うための信頼できる資料とならなくなり、ひいては勤務評定制度そのものが形骸化、空洞化し、実施要綱による平等、公正を旨とする勤務評定制度の実施という公正な行政目的の達成を損なうおそれがある。

(3) (<1>勤務評定報告書、<2>勤務評定整理票及び<3>勤務成績計算結果リストについて)本件文書には、評定者の評価、判断、所見等が記載され、評定結果や所見は評定者ごとに相違する場合があり得るから、本件文書が仮に開示されれば、評定者のそれぞれの評価や所見が明らかになり、本人に要らざる動揺・不満を抱かせたり、本人が各評定者の評定結果を比較して、自己にとって望ましい評定者と望ましくない評定者とに区別し、望ましくないと認識した上司による今後の指導が事実上困難になったり、ひいては職場秩序の崩壊や当該セクションの業務遂行能力の低下を招くおそれがある。

(4) (<4>勤務成績報告書について)仮にこれが本人に開示されれば、勤務成績報告責任者が行う「成績」のランク付けの修正に心理的影響を与えかねず、また最終評定者に対しても調整を行う上で著しい影響を与えることは必定である。

(二) 他の制度との比較

国家公務員について、「行政機関の保有する電子計算処理に係る個人情報の保護に関する法律」は、もっぱら人事、給与等の内部管理情報は個人情報ファイルの保有等に関する事前通知の適用外としている(同法6条2項3号)。

また、行政機関の保有する情報の公開に関する法律において、人事管理情報は公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすものとして不開示情報とされている。

さらに、東京都、大阪府等では、人事管理情報である職員情報については、公開条例の適用除外情報として、開示請求自体を認めていない。

(三) 原告らの主張に対する反論

(1) 評定者と被評定者の意見交換について

原告らは、勤務評定が開示されることになれば、意見交換によって評価の訂正がなされ、適正な人事・管理が図れると主張する。

しかし、勤務評定は、評定者と被評定者とが対等の立場で行われるものではなく、職務上あるいは身分上の上司が管理・監督権という人事権に基づき、その職務の一環として行われるものであり、評価結果に対し、意見交換を前提として、訂正、是正を予定しているものではない。

また、原告らは、被評定者が首肯できる評価であれば、正すべき点を正して、より勤務成績を向上させるべく努力をするためにも開示が必要である旨主張する。

しかし、被評定者の資質、勤務成績を向上させる必要がある場合、上司がその必要性に応じ、指導、研修等を命じることが可能であり、本件文書の開示が必要不可欠なものでもないし、むしろ、開示によって評価結果に対し無用の争いが生じ、かえって、評定者に対し要らざる不信感を醸成しかねない弊害が存する。

(2) 評定者の評価能力について

原告らは、開示により評定者の公正な評価が行われなくなることは、評価能力の問題にすぎないと主張する。

しかし、そもそも勤務評定は、職制上、評価能力を有する職務上あるいは身分上の上司が行うのであって、かかる評定者の評価能力を問題とし、これを向上させるためにも開示が必要であるとするのは、右職制そのものの否定につながるものであって到底是認できるものではない。万一、評価能力に疑問があれば、任命権者が、人事異動等によって対応するのが現在の職制制度であり、下位職員たる被評定者の個別の異議によって直接的に評価能力が左右されるものではない。

(3) 公正な評価の制度的保障について

原告らは、評価の公正さを担保するうえで本件文書の開示が必要であると主張する。

しかし、勤務評定制度の公正さを担保する上で、必ずしも、本人への開示と訂正の保障が必要不可欠なものとはいえない。けだし、本人による自己評価自体主観的側面を有するもので、必ずしも正当なものとは限らないし、そもそも、勤務評定は任命権者が行うものであり(地方公務員法40条)、評定結果について本人の納得を前提とするものではないからである。

原告らは主観的評価に係る評定要素が含まれていることを問題視するが、それは勤務評定の内在的制約によるものであるし、現在の勤務評定制度においても、主観的、専断的評価をできるだけ排除するため複数評定者による評定を行うほか、評定者研修や勤務評定整理票を導入したり、評定者に「職務態度評定は、日常の勤務態度を客観的に評定すること」と留意させたり、さらに評定に不均衡があると任命権者が認めた場合の調整等々の様々な制度的保障を設けている。このように、勤務評定の客観性、妥当性は十分に信頼できるものである。

また、そもそも公正な評価の制度的保障という原告らの主張は、勤務評定制度を整備するうえで配慮されるべきことであって、このことを開示の理由とすることはできない。

2  原告らの主張

被告は、本件文書の非開示事由を具体的に主張立証する責任を負うところ、次に述べる諸点からすれば、被告は、本人に知らせないことの正当性あるいは開示することによる公正かつ適切な行政執行の妨げにつき本件文書の開示を拒むに足りるような現実的・具体的根拠を何ら主張立証できておらず、むしろ本件文書を開示すべき積極的な理宙があるから、本件文書は開示されるべきである。

(一) 自己情報開示請求権の法的性質

憲法13条が規定する幸福追求権にはプライバシー権が包含されているところ、行政が肥大化し様々な個人情報が保有されるようになった現在、右プライバシー権を実質的に保障するためには、個人について自己情報をコントロールする権利が認められなくてはならない。また、自己情報開示請求権は、憲法21条で保障される「知る権利」からも導くことができる。そして、本件条例に基づく自己情報開示請求権は自己情報をコントロールする権利の中で重要な位置を占めるものである。

また、近年、職場においても大量の個人情報が集積され活用されるようになり、その個人情報が労働者の人格評価を左右したり、賃金その他の労働条件を決定する一要素になる可能性があることに鑑みれば、労働者の自己情報コントロール権はより強く保障されなければならない。この場合、労働者の自己情報のコントロール権は、一般的なプライバシー権によって根拠づけることも可能であるが、労働契約に付随する信義則上の義務として根拠づけることも可能である。

この点に関し、ドイツにおいては、1950年代から、民間に先立って公務員の人事記録の閲覧権が認められており、わが国においてこれが認められない合理的な理由はない。

このように、労働者の自己情報開示請求権は重要な権利として認められるべきものであり、本件文書が非開示事由に該当するかどうかは極めて厳格に判断されなければならない。

(二) 本件文書を開示する必要性

(1) 本件文書の重要性

本件文書は、勤勉手当すなわち賃金の額の決定に反映される勤務評定の内容を記したものであるが、賃金は原告らにとって極めて重大な影響を与えるものであり、原告らの利益に直結したものである。また、本件文書は、賃金だけではなく昇級、昇任等幅広い人事処遇に利用されることも予定されている。したがって、本件文書は労働者の職業的人格的価値を左右する重要な意味をもっているのであり、労働者が重大な関心を寄せるのは当然であって、一般的な情報開示請求権よりもさらに強く、原告らに情報開示請求権が認められるべきである。

(2) 公正な評価の制度的保障

公正な評価を担保するためには、評価の基準が適正に運用されているかどうかを確認しうる手続の保障、つまり、本人への開示並びに必要に応じた訂正の保障が必要である。勤務評定自体、主観的評価の余地を全く否定することができないのであり、その余地を最小限にとどめるためには、本人開示という手続的保障を設け、評価の基礎になった事実の有無、内容を事後的に検証し誤りがないかどうかチェックする必要がある。

(3) 勤務評定の目的

勤務評定の目的として、「職員の勤務能率の発揮及び増進を図り、もって公正な人事行政を行う」ことがあげられている(実施要綱1条)。勤務評定は、その性質上、プラス評価とマイナス評価がある。プラス評価を受けた点は引き続き延ばしていけばいいし、マイナス評価を受けた点は改善していかなければならない。そのためにも、どのような項目でどのような評価を受けたのかを知ることは、職員の勤務能率の発揮、増進のために不可欠といわなければならない。

(4) 審査会答申の尊重義務

審査会は、平成10年12月25日、本件文書を開示すべきである旨の答申を被告に対して行っているところ、本件条例21条2項によれば、「実施機関は、審査会が前項の規定による諮問に対する答申をしたときは、これを尊重して速やかに当該不服申立てに対する決定又は裁決を行わなければならない。」と定めている。これは、実施機関が個人情報の開示の当否の判断にあたって有識者で構成された中立的な立場にある審査会の答申を尊重するよう一般的な義務を課したものであり、実施機関は特段の事情がない限り答申の趣旨に沿った決定をなすべきである。

ところが、本件において被告は特段の事情がないにもかかわらずことさらに答申を無視して本件非開示処分に対する異議申立を棄却したのであり、異議申立棄却決定は本件条例21条2項に違反している。

(5) 行政手続法の精神

平成6年10月から施行された行政手続法は、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的として制定されている。このような行政手続法の精神は、本件の自己情報開示請求においても妥当するというべきである。

(6) 時代の趨勢

現代社会において、行政運営や手続の公正さ、適正さそして透明性の確保はそれ自体重要な価値を有するものとされており、各種情報公開、内申書やカルテ等の開示の方向は今や時代の趨勢である。このような中で労働条件に直結する勤務評定結果の本人開示は認められて当然であり、被告の主張は時代の流れに逆行している。

(三) 被告の主張する本件文書の開示に伴う弊害に対する反論

(1) 被告は、本件文書を開示することによって評定者の公正な評価がなしえなくなるおそれがあり、ひいては、勤務評定制度そのものが形骸化、空洞化するおそれがあると主張する。

しかし、勤務評定制度自体、人が人を評価するというものであり、評定者の主観が入ってしまうことは避けられない。このような中で勤務評定の内容が本人に開示されない場合、本人は結論のみしか知り得ず、自己のどのような点がどのように評価されたかを知ることができないことから、特に不利な評価を受けた場合はかえって評定者に対して不信感を抱きかねない。これに対し、本人に対して勤務評定の内容が開示されることになれば、その評価をめぐって評定者と被評定者との間に意見交換がなされ、評定者の評価に誤りがあれば訂正がなされ、逆に被評定者が首肯できる評価であれば、被評定者は正すべき点を正してより勤務成績を向上させるべく努力をすることになる。すなわち、開示することによってこそ、適正な人事管理が図られるのである。

被告は開示すれば評定者に心理的規制が働いてかえって公正な評価ができなくなる旨主張するが、これは根拠のない抽象論である。むしろ、開示されることにより、本人の納得が得られるよう公正な評価をしなければならないとの抑制効果が評定者に生じ、少しでも公正な評価に近づけることが可能になってくる。

また、評定者が下位への評価を避けるなど公正な評価を行わなくなるおそれは、評定者の評定能力の問題であり、被告はそのような問題が生じないよう評定者の評定能力を向上させる努力をすべきなのである。

(2) 被告は、本件文書が開示されれば、不利な評価をした上司による今後の指導が事実上困難になり、ひいては職場秩序の崩壊や当該セクションの業務遂行能力の低下を招くおそれがあると主張する。

しかし、今後の指導に関しては、むしろ本人に開示し本人の納得の上で指導に当たる方が勤務能率の増進という点からははるかに有意義である。また、評価を開示したから職場秩序の崩壊を招いた例など何ら報告されておらず、全くの杞憂でしかない。

適正かつ公正な評価がなされ、そこに至る過程を本人に開示すれば本人も納得するのが通例である。むしろ、マイナス評価を受けたにもかかわらずその過程が本人に開示されない場合にこそ本人は疑心暗鬼に陥り、評定者に対し不信感を招くのである。

評価に差違が生じたのであれば、その過程を本人に開示し、本人に反論の機会を与えることにより、評価は可能な限り公正なものに近づいていくはずであるし、本人の意欲を引き出すことにもなる。被評定者がC評価を受けた場合に、本人にその経過を開示しなければ、評価者の誰かが大きなマイナス評価をしたことは明らかであるにもかかわらず、そのうち誰かは分からないということでかえって疑心暗鬼に陥ることになり、勤務能率の増進という本来の勤務評定の目的にとっては逆効果となる。

(3) 被告は、<4>勤務成績報告書が開示されれば、勤務成績報告責任者が行う「成績」のランク付けの修正に心理的影響を与えかねず、また最終評定者に対しても調整を行う上で著しい影響を与えると主張する。

しかし、最終的には修正するに足りる十分な根拠があるかどうかに尽きるのであり、根拠が十分であれば、現場で混乱が生じることはないはずである。換言すれば、修正する以上、修正する側はそれだけの慎重さをもって事に当たるべきなのである。

(四) 開示の必要性を基礎づける具体的事例

(1) pの例

保育所に勤務するpは、平成10年6月期にC評価を受けた。同人が上司にその点を問いただしたところ、当初の説明は、副所長(第一次評定者)、所長(第二次評定者)ともに普通の評価をしたということであった。ところが、その後の所長の説明では、事実の確認をすることなく副所長の評価を鵜呑みにしたということであった。

併せて、上司から指摘を受けたのは、3歳児を置き去りにしたことがある、身体測定の際手伝わなかったという2点であったが、前者については、園内を散歩した際にたまたま1人の3歳児が4歳児の教室に約10分紛れ込んでいたというもので、忙しい中では起こりうることであり、何ら実害もなかった。また、後者については、もともと看護婦の仕事であり、しかも看護婦は翌日来ることになっていたという事情があった。いずれにしても、職場の同僚からすれば、もしそれがC評価の基礎になったとすれば納得できないという事情であった。

もとより、開示されなかったため、右で述べた事実が例えば勤務評定報告書の所見欄に記載されていたかどうかは不明で、本人は日常的な仕事ぶりをちゃんと評価してもらっているのであろうかと不信感をもったという事案である。

(2) qの例

qは、平成10年6月期、12月期にC評価を受け、12月に上司から一定の説明を受けた。上司の説明では、qの目標である河川工事の完成が遅れそうだが、その原因はqが建設省への申請・協議に加わらなかったことが原因であるということであった。

しかし、申請・協議はqが所属する部署(水政課)とは別の部署(計画係)の仕事であり、qはその申請・協議に必要なデータは渡していた。そして、上司からも申請・協議に加わるよう指示を受けていたことはなかった。

例えば、勤務評定整理票が開示されれば、担当業務、指導目標、指導内容、実績評価が記載されており、それに基づいてより掘り下げた意見交換ができたはずであったが、実際には開示されなかったため、平行線のままに終わってしまった。そして、本人は、結局は好き嫌いが基準になっていたのではないかという不信感を持つに至ったのである。

(3) 保育所における昇任問題

実施要綱上、勤務評定結果に応じた措置の中には昇任が含まれている。

ところで、2人の保母は37年間保母として勤務し、副所長になってから既に25ないし28年が経過し、後輩が追い越して所長に昇任していく状況にあった。2人の勤務評定結果は一貫してBであり、彼女らにすればなぜ自分たちが所長に昇任できないのか全く分からないという不信感をもっている。

(4) 都市整備部の例

本人は、平成12年6月期にC評価を受け、上司に説明を求めたところ、積極性に欠ける旨指摘された。その例として、出張に行った際報告書を回覧するだけ、来客者への応対が不十分、書類の整理ができていないということがあげられた。しかし、本人は日常的に注意をされたり、指導されたことがなく、全く心覚えがなかった。そこで本人は、本来なら考慮できない自分の病気が考慮されてC評価につながったのではないかという不信感をもったのである。

第三  当裁判所の判断

一  非開示事由該当性について

1  本件の争点は、本件文書の条例13条2項2、3号該当性であるが、2号該当性については、本件文書が「個人の評価、診断、判定等に関する情報」であることは当事者間に争いがないので、本件の争点は、本件文書に記載された情報が「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」か否か、3号該当性については、本件文書を「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」か否かに帰着する。そして、開示により高槻市の人事行政の執行に弊害が生ずる一定の場合が右各号の非開示事由に該当し得ることは論を待たないが、条例が第1条で自己の個人情報に対する開示請求等の権利を保障することにより、公正な市政と個人の尊厳を確保し、もって市民の基本的人権の擁護に資することを目的とし、第13条1項で原則として自己情報の開示を請求することができる旨規定していることからすれば、同条2項2、3号の非開示事由に該当するためには、開示による弊害が客観的、具体的、実質的なものであり、法的保護に値する程度の蓋然性をもって生ずるものである必要がある。

この点につき、原告らは、労働者の自己情報開示請求権は、憲法13条及び21条により保障されているのみならず、労働契約からも導かれるものであり、重要な権利であるから、本件文書が非開示事由に該当するかどうかは極めて厳格に判断されなければならないと主張する。

しかし、本件条例で認められている自己情報開示請求権は、本件条例により創設的に認められた権利というべきであるから、非開示事由についても、本件条例の趣旨、文言に即して忠実に解釈、判断されるべきであり、制定権者の意図から離れていたずらに非開示事由を拡大ないし縮小解釈することは許されない。すなわち、実施機関の恣意的な解釈を許さないよう、非開示事由の範囲を安易に拡大することのない慎重な判断が必要となることはいうまでもないが、他方で、非開示事由を極めて厳格に狭く解することも、本件条例が非開示事由を定めた趣旨に反するものであって適当ではないというべきである。

以下右の観点に即して検討することとする。

2  当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕を総合すれば、以下のとおり認められる。

(一) <1>勤務評定報告書(以下「<1>報告書」という。)は、実施要綱12条に基づき作成されるものであり、氏名や出勤状況などの客観的事実の地、以下の(1)ないし(5)の記載がなされる。なお、<1>報告書の一般職(事務・技術)用のひな形は、別紙一の1(表)、2(裏)のとおりである。

(1) 第一次評定者及び第二次評定者による分析評定

分析評定とは、職員を評定項目の各要素ごとに客観的事実に基づき評定するものであり、その評価はS・A・B・C・Dの5段階絶対評価(ただし、職務態度の「規律性」についてはSを除く4段階)である。

なお、右分析評定の項目は、別紙二記載のとおりである。また、管理職については第一次評定と最終評定のみであり、第二次評定はない。

(2) 最終評定者による総合評定

総合評定とは、職員の勤務実績、職務能力及び職務態度の各評定について、第一次評定者及び第二次評定者が行った各要素の分析評定等を参考に、期待度を含め総合的に考慮して評定するものであり、その評価はS・A・B・C・Dの5段階絶対評価である。

(3) 特記事項

各評定者がS(極めて優れている)を付けた場合、その理由を特記事項欄に記載する。

(4) 所見

各評定者において、分析評定、総合評定において見られなかったものを所見欄に記載する。

(5) 調整

調整者は、評定結果について不均衡があると認めるときは、これを調整するものとし、その理由を調整欄に記載する。

(二) <2>勤務評定整理票(以下「<2>整理票」という。)は、評定者があらかじめ本人に対して担当業務、指導目標、作業名、作業目標を明らかにしたうえで作成し、その後、実績評価、作業目標に対する実績、作業目標に対する評価等(評価・原因・改善策等)、評定者意見が付され、<1>報告書の明細資料としてこれに添付されているものである。<2>整理票のひな形(個人票)は、別紙三のとおりである。

(三) <3>勤務成績計算結果リスト(以下「<3>リスト」という。)は、一般職の職員に支給する期末手当及び勤勉手当に関する規則14条により制定された勤勉手当の成績率の運用に関する要綱6条2項に基づいて作成されるものであり、<1>報告書による評価の結果を一次評定、二次評定、最終評定ごとに点数化し、各評定の合算値をもとにランク付けし、さらに、右点数化の合算値の総計を「評定点」として算出し、同評定点をもとに「成績」欄に三段階のランクが記載されているものである。<3>リストのひな形は、別紙四のうち、「修正」、「理由」及び「最終評定者」の各欄を除いたものである。

(四) <4>勤務成績報告書(以下「<4>報告書」という。)は、<3>リストの送付を受けた勤務成績報告責任者が、職員の成績率の決定に必要な調整、審査等を行う勤務評価審査会に提出するために作成されるものである。具体的には、勤務成績の各段階に割り当てることができる人数の範囲内で、<3>リスト中の「成績」についての修正の有無について、勤務評定の定期評定の結果を参考にして、最終評定者と調整を行ったうえ作成されている。<4>報告書のひな形は、別紙四のうち、「修正」、「理由」及び「最終評定者」の各欄部分である。

3  そこで、右2で認定した事実及び前記第二、二の前提となる事実に基づき、前記1で説示した観点に即して検討を加えると、以下の点を指摘することができる。

(一) <1>報告書及び<2>整理票は、評定者である職員の上司によって、開示されないことを前提に、不利益な評価を含めありのままに事実及び評価が記載されている文書であるため、仮に右各文書が本人に開示されると、各評定要素に付けられたC、Dの評価や、マイナス評価を含む所見等を目の当たりにして、評価は間違いであるとして上司に不信感や個人的怨恨を抱いたり、その評価の訂正を要求して上司との間に対立関係を生じさせ、その上司による指導等を事実上困難にし、ひいては職場内の信頼関係・一体性を失わせ、その職場全体、当該セクションとしての業務遂行能力を低下させるおそれがある。

また、<1>報告書、<2>整理票及び<3>リストの各文書は、各評定者間の評価内容だけでなく、その評価の差異までも明確に現われている文書であるため、仮にこれが開示されれば、特に厳しい評価をした評定者に対して、評価が厳しすぎる上司であるなどというレッテルを貼って、他の職員に対してその不満、不平を漏らしたり、その評定者との仕事上の関わりをできるだけ避けようとして、配置換えを強く希望するなどといった事態を生じさせ、人事管理上も極めて複雑困難な問題を生じさせるおそれがある。

これに対し、原告らは、適正かつ公正な評価がなされ、そこに至る過程を本人に開示すれば本人も納得するのが通例であり、被告の主張は杞憂にすぎないと主張する。しかし、本人が評価の内容に納得するという理想的な事例もないわけではないと思われるが、そもそも当該勤務評定の評価要素は主観的要素を完全に排除することができない性質のものである以上、本人の認識と評定者の認識との間に根本的な不一致があると、どうしても本人が納得できない場合や、双方とも非を認めず評価をめぐっての議論が平行線のまま対立し続ける場合が生ずることは容易に想定し得るところである。さらにいうならば、被評定者の性格によっては、評価の内容を包み隠さず率直に知らせた方がよい場合もある一方で、逆に、指導の時期、程度、方法等を十分考慮してから慎重にこれを知らせる方がよい場合もあるのであり、本件の勤務評定制度においては、このような指導上の配慮は評定者である上司の裁量に委ねられているものであって、被評定者からの一方的な求めに応じて本件文書を開示することはその制度趣旨に反することになりかねないものというべきである。

(二) <1>報告書、<2>整理票及び<3>リストの各文書は、各評定者による個別評価や所見が明らかになるものであるため、これが本人に開示されるということになれば、各評定者、特に、日常的に被評定者と接する機会の多い直近の上司たる第一次評定者は、被評定者との関係をできれば悪化させたくないとの配慮や、個別の評価につき客観的な根拠がないなどと反論・非難されることをおそれる余り、不利益な記載は極力避けようとし、結果的に、公平かつ客観的な評価がされなくなる可能性がある。すなわち、例えば、評定者が、ある評価要素につきBかCか微妙であるとの印象を抱いた場合、Cの方が比較的適切な評価ではないかと考えていたとしても、Cを付けにくい心理状態に陥ったり、マイナス評価につながる意見をありのまま率直に所見欄に記載することがためらわれたりすることが考えられる。

これに対し、原告らは、開示が前提となれば、評定者は被評定者を納得させるだけの評価をしようと努めるために、評価の公正さが担保されるとも主張するが、そもそも勤務評定の評価要素は主観的要素を完全に排除することができない性質のものであり、またその判断も総合的・全体的なものであるから、前記各文書が開示されることにより、常に被評定者を納得させるだけの評価が可能となるとの見解は到底首肯し難く、右各文書を開示するならば、かえって、安易に寛大な評価をしてしまう評定者が出現することは見やすい道理であって、原告らの右主張は勤務評定の現実を無視したものというほかはない。

さらに、原告らは、評定者が目標を低く設定するなどして公正な評価を行わなくなるのは評定能力の問題であるとするが、各評定者の評価能力にかかわらず、開示による弊害を避けるべく寛大な評価をしてしまう評定者が出現することは予想されるところであり、公正さを失うおそれは評価能力の問題だけではないから、原告らの主張は理由がない。

(三) 右(二)のとおり、評定者によっては、本来なすべき評価よりも寛大な評価をしてしまうことになれば、平素厳密・厳格に評価を行っている評定者との間で評価の不均衡・不公正が生じることになるし、また、そのような寛大な評価を許容する雰囲気が蔓延すると、それまで厳格に評価していた評定者も、自分1人が批判されることを嫌悪し、なし崩し的に、寛大な評価や、被評定者間で差を付けない機械的で一律の評価をすることが当然のものとなってしまうおそれがある。そして、このことがひいては、本件文書の内容が形骸化し、人事管理を行うための信頼できる資料とならなくなって、最終的には勤務評定制度そのものが形骸化、空洞化するおそれがある。

原告らは、勤務評定の内容が本人に開示されなければ、本人は自己のどのような点がどのように評価されたかを知ることができないことから、かえって評定者に不信感を抱きかねないが、内容が開示されれば、その評価をめぐって評定者と被評定者との間に意見交換がなされ、評価に誤りがあれば訂正がなされ、逆に被評定者が首肯できる評価であれば被評定者は正すべき点を正してさらに向上させるべく努力することになるから、適正な人事管理が図られると主張する。しかし、本人開示により、原告らのいうような意見交換がなされたとしても、評価に明らかな誤りがないため訂正はされず、かつ被評定者も納得できないなど、評価をめぐって双方が1歩も譲らず、抜き差しならない対立が生ずることは十分に考えられるところである。そして、その対立関係をどう収拾するかについては、現在の段階ではなんら制度的な手当(中立的な第3者機関による裁定など)がされておらず、結局、臨時の人事異動や裁判手続に頼らざるを得ないことになりかねないのであり、各評定者がそのような事態を避けようして、厳しい評価を避けようという心理状態に陥り、それにより勤務評定制度が形骸化するおそれもまた十分想定し得るものというべきである。

(四) <4>報告書については、各評定者の評定の具体的な内容や、各評定者間の評価の相違まで明らかになる訳ではないが、成績のランク付けの修正については明らかになるものであるため、仮にこれが開示されれば、被評定者本人が、修正は合理的根拠に基づかないなどとしてその適否を問題とし、評定者に対して釈明及び訂正を求めるなどして人事行政事務の混乱と停滞を招くおそれもあるし、勤務成績報告責任者が行う右修正に心理的影響を与え、同人に不利益な修正を躊躇させ、ひいては公正な評価に基づく修正を妨げるおそれがある。また、仮に有利な修正がなされていたとしても、それまでの評定者の評価が厳しすぎるのではないかといった疑念を生じさせることにもなりかねない。

これに対し、原告らは、修正の根拠が十分であれば現場で混乱が生じることはないはずであると主張するが、問題となる事案の多くは修正の根拠が十分であるかどうかが争いの中心なのであるから、原告らの主張は説得力を欠くものといわざるを得ない。

(五) さらに、原告らが構成する高槻市役所労働組合は、従前から一貫して勤務評定結果の勤勉手当への反映に反対しているのであるから(〔証拠略〕)、本件文書が開示された場合、一致団結して、その記載内容に含まれる問題点について逐一異議を唱え、評定者に釈明及び訂正を求めるなどして、評定者等にC評価につながる不利益な評価をためらわせ、萎縮効果によりC評価が出ることを間接的に阻止し、勤務評定結果の勤勉手当への反映の制度そのものを有名無実化させるおそれがあることも否定できない(〔証拠略〕)。

4  そして、右3(一)ないし(五)で述べたところを総合勘案すれば、原告らの主張するような本件文書の開示による利益があるとしても、公開を前提としていない現行の勤務評定制度のもとにおいては、本件文書の開示による弊害は客観的、具体的、実質的なものであり、法的保護に値する程度に十分高度な蓋然性をもって生ずることが明らかというべきであるから、本件文書はいずれも、本件条例13条2項2号所定の「個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの」及び3号所定の「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」に該当するものと解するのが相当である。

二  原告らの主張について

1  原告らは、本件文書の結果は勤勉手当の額に反映されるものであるから、労働者たる原告らにとって極めて重要な意味を有しており、原告らに開示される必要性が高いと主張する。

しかし、被告にも本件文書を人事管理上秘密としておくべき利益が存するわけであり、どちらか一方のみを過大視することは相当でないから、右の点は、非開示事由該当性の判断に何ら影響を与えるものではないというべきである。

2  原告らは、勤務評定制度における公正な評価を担保するためには、本件文書の本人への開示と必要に応じた訂正の保障が必要であると主張する。

しかし、人事管理情報として本件文書の秘密性を保持するか、本人に開示してその反論権を保障すべきかは、勤務評定制度の整備に関する問題、すなわち、あるべき勤務評定制度とはいかなるものかという問題であって、原告らの右主張は、本件文書の非開示事由の解釈・判断に何ら影響を与えるものではない。

また、原告らは、本人がどのような項目でどのような評価を受けたのかを知ることは、勤務評定の目的である職員の勤務能率の発揮、増進のために不可欠であると主張する。

しかし、各被評定者が有する問題点について、評定者である上司の個別の指導・注意等に委ねるか、一律に本件文書を本人に開示することにより対処すべきかは、これまた勤務評定制度の整備に関する政策的な問題、すなわち制度論・立法論というべきであって、前記判断に影響を与えるものではないというべきである。

3  原告らは、被告は、開示を相当とした審査会答申を尊重する義務があると主張するが、本件条例21条2項は、「実施機関は、審査会が・・・答申をしたときは、これを尊重して速やかに当該不服申立てに対する決定又は裁決を行わなければならない。」としているだけで、審査会の答申のとおりに決定又は裁決をしなければならないとは規定していないから、原告らの右主張は失当である。

4  原告らは、行政手続法の精神や時代の趨勢等についても言及するが、いずれも非開示事由の解釈・判断を左右するものではない。

5  さらに、原告らは、非開示であることによる弊害が生じている場合として数個の具体的事例をあげ、これらの事実は〔証拠略〕により裏付けられているが、いずれも、本件文書を開示したからといってそれらの問題がすべて抜本的に解決されるとは限らないし、むしろ、本件文書を開示することにより、個別の評価についてさらに様々な問題を噴出させる可能性も十分にある。また、本人に開示された後、評定者と本人との間の議論が平行線となった場合、現状ではその解決方法が存在しないことは原告土井一正本人も認めるところであり、本件文書を開示することによる弊害の存在はやはり否定し得ないものといわざるを得ない。

三  部分開示の可否について

本件文書のうち、評価を伴わない客観的事実(氏名、担当業務等)の部分は非開示事由に該当しないが、原告らによる本件開示請求は、その評価を伴う部分の開示を求める点に主眼があるから、「開示の請求の趣旨を損なわない程度に分離できる」(本件条例13条4項)とはいえず、本件は部分開示をなすべき場合とはいえない。

四  以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 徳地淳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例